| 【 昇天の時 】 |
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人はいずれ死を迎える。死を免れる人はどこにもいない。 生まれたからには、必ず終わりは訪れる。 けれど、魂は永遠の愛に抱かれる。 夏至の翌日、夜遅く地方講演から帰宅した私は、ご馳走続きだった胃の疲れを 労わるかのように、ささっと野菜の蒸し煮を作り、炊飯器の常備飯である 小豆入り玄米を少しだけ口にした。 ゆっくり湯船につかりながら、旅の余韻を味わうひと時。 ほんのりと硫黄の香りがするヒマラヤの岩塩を、がりがりがりっと削り、お湯に溶かす。 赤紫色の塩のかけらは、風呂底に落下したとたん、深い深い藍色に変わる。 しょっぱいまでいかない、とろりとした味わいの塩湯につかりながら、 異国へとワープする瞬間が好きでたまらない。ヒマラヤの天辺に思いを馳せ、 時空を越えたこの瞬間に、すべての感覚が研ぎ澄まされてゆく。 その晩、私は神様に手を合わせて、一日の終わりを感謝した後、 日課の瞑想をする事もなく、疲れた肉体をベッドに放り投げた。 ひとつ大きな深呼吸をし、目を閉じた瞬間、私は夫の友人M氏の病室の枕元に立っていた。 瞬間的に意図せずワープしていたのだ。私は彼が昇天する時を咄嗟に覚った。 彼は、私が乳がんの手術をしたことをテレビのニュースで知って、 お見舞いのメールをくださった。その時、M氏もガンを克服したばかりという話だった。 再発を防ぐために、免疫を落とさないよう気を使っているとは聞いていたけれど、 度重なる抗がん剤の治療で、体力を消耗していったのではないだろうか。 入退院を繰り返し、夫はその度にお見舞いへ出かけた。 けれど、私は一度も彼に会うことはなかった。 病室のベッドの上で、意識が朦朧としている彼を見つめながら、私は祈りをはじめた。 彼は「神様」という言葉に抵抗を感じるタイプの男性かもしれない。 だとすると、私たちを生かしてくださっている大いなる源をよぶ時、 「神様」ではなく、ちがった言い方のほうが、スムーズに彼の心に吸収されてゆくと 感じた私は、以前私がその主を呼ぶ時に使っていた言葉を用いて祈りはじめた。 「大いなる宇宙の無限なる愛の光が、あなたの魂を永遠に包みこんでくださいます。 優しく優しく、その大いなる御手で包み込んでくださいます。」 ビジョンの中の更にビジョンの中で、大いなる神の無限なる愛の光が、彼をしっかりと包み込んだ。 彼の魂は、ゆっくりと安らかに、その愛の光にすべてを委ねていくように感じた。 執着と恐れを手放し、ゆっくりと、ゆっくりと、安心の中へ・・・。 「Mさんの存在に(今生の証)、ありがとう、ありがとう、ありがとう。 Mさんの家族に、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう。 Mさんの友人、仕事仲間、すべてご縁のあった方々に、ありがとう、ありがとう、ありがとう。 Mさんの人生のすべてに、ありがとう、ありがとう、ありがとう。」 彼に投げかけた「ありがとう」の波動は、彼の魂に吸収され、次に彼のハートの中心から、 「ありがとう、ありがとう、ありがとう・・・」の波動が、あふれ出てきた。 ビジョンの中で、彼の枕元にいた私の出番はこれで終わりである。 私は、ご家族一人一人にバトンを渡した。 彼の目から、深い感謝の涙があふれ出ていた。 と、それを見届けた瞬間!一瞬にして私は自分のベッドの上に戻っていた。 そして、自分のビジョンをそれ以上考えることなく、私はそのまま眠った。 翌朝、清々しい目覚めと共に、夫の携帯電話が鳴っていることに気付いた。 2階で子供たちの朝食を作ってくれている夫は、それに気付いていない。 私は、その電話の相手が夫に何を知らせてきたのか、すぐに理解した。 私は、すたすたと階段をのぼり、夫に携帯を手渡した。 M氏が、今朝方息を引き取ったという連絡だった。 安らかに永眠されますように・・・。 ありがとう、ありがとう、ありがとう。 大いなる宇宙の無限なる愛の光が、永遠に彼を導きますように・・・。 2007年6月夏至の二日後 |