ますみさん、お元気ですか?とってもお久しぶりです。
ほんの数日前に私と同じ年の37才のいとこ(男)が突然亡くなりました。
会社で「気持ち悪い」と言い出し病院へ連れて行ってもらって検査したけど異常なしで帰され、
帰宅後やっぱり気持ち悪いとの事で病院へ行き、その晩に亡くなったとの事です。
今のところ過労死じゃないか、とのことでした。
ご両親がまだお元気なのに、90代の祖父がやっとこの前亡くなったところなのに、信じられません。
上の子はまだ一才で、下の子なんて一月に生まれたばかりです。
私の中で「あり得ない」がぐるぐるしています。
もちろん、もっと短命な方はたくさんいらっしゃるでしょうけど、
身近にいなかったものですから、私にとっては本当に衝撃です。
いろいろ精神世界の本に、「死ぬ時期は決めて来ている」とか、
「残されたものにとって最大の学び」とか書いてあっても、
普通に「無念だったろう」って思うのです。「小さい子残して死ぬなんてあり得ないよ−!」って。
無念なのは自我の部分だけなのかな、、、魂は納得してるのかな、、、。
自分だったらと思うと、愕然とします。
ガンと一緒で、「自分だけは死なない」「私の家族だけは死なない」
なんて思ってたなあ、でも、そうでもないって事がわかりました。
ますみさんのご本やサイトを見ても、まだわからないのです。
「明け渡し」とおっしゃいますが、それは自我がやりたい事をやりつくして
満足した状態じゃなくても、できるのでしょうか、、、。
私なんか、アレもやりたい、コレもやりたい、でもなかなかできない、、、
いや、やりたい事もわからない、、、、なんて日常で、
「明け渡し」の日が来るとはとても思えません、、、。
Kさんのように、「明け渡し」という意味が今ひとつ理解できないです!という方がとても多く、
度々メールをいただきますので、私がいつも感じている「明け渡し」について、
ここでまとめてお返事させていただきますね。
明け渡しというのは、すべての明け渡しです。
神様は(魂・真我・御心)、私たちが内に隠し持っているすべてをお見通しです。
潜在意識下に隠れた欲求、欲望、消化されていない心と感情。
今生だけではなく、過去世から抱えているテーマのすべて・・・。
自我がまだやり残していることがあれば(やりたいこと)、御心はとことんやらせます。
一昔前の修行のように、鍛錬や自己制御法によって自我(エゴ)に蓋をしたところで、
欲求が蓋の底に隠れているのでは、それが本当に消滅したとはいえないでしょ?
ですから神様は、底の底にある自我まで少しずつ少しずつ一つ一つ上昇させて、
事を現実に起こし浄化してくださるのです。それが本当に無くなるまで、何度でも何度でも。
″無くなる″というのは、とらわれなくなる、とか、嘆く事がなくなるといった領域。
その「時」を迎えるのも、神の御心が行う事です。ですから、そういったこともすべて含めて、
「神の御心のままに、明け渡して生きていく」ということです。
やりたいことが分からない「時」は、やる「時」ではないということですから、
無理に掘り下げる事はなく、今の生活をただただ感謝と共に過ごす事が大切です。
今の生活を感謝と共に過ごす事だって、実は大変なことでしょ?
魂の課題としてやらなければならない「時」は、いやおうがなく、現実に起きてくるものです。
「わか〜っちゃいるけどやっめられない♪」というように、理性で制御できなくなるような欲求や、
そこまでいかなくとも、これはどうしてもやりたい!ということが、人生の中に明確に見えてきたり、
もしくは、ただそういう流れになって、やる事になってしまっていたり。
とどのつまりすべてですが・・・。
例えばKさんのいとこの突然死も、それを体験しなければならない、
熟考しなければならない「時」がきたからこそです。そうやって現実は神の御心のままに起こります。
「明け渡し」とは、あるがままに起きる事を、謙虚な姿勢で受け入れ、
そこに御心を感じ、愛と感謝に変換して、執着や自我(エゴ)を手放していく事です。
そして・・・。
Kさんがおっしゃるとおり、いとこさんも又、多くの人にメッセージを残して旅立たれたわけです。
Kさんが生と死(二元性)を越えた精神性をこれから学ぶために。
そして「明け渡し」についても、真剣に考える時が来たからこそです。
この出来事がなければ、日常的な流れのまま育児に追われ(それも大切な御心ですが)、
「明け渡し」に対しても、熟考する気持ちは生まれなかったはずですからね。
すべて事が起こる神の御心のタイミングは完璧です。すべてを信頼する事です。そして明け渡す事です。
何があってもその事だけは忘れないように。
いとこさんご本人の潜在意識は、無念さを残しているかもしれませんが、
それは御心に対し学んだものが、御霊さんにそのことを教えてさしあげることも供養につながります。
魂(すなわち御心)は、ただその運命や役目を果たしただけなのですから。
とてつもない悲しみがそこにあるのは分かります。神の御心になかなか感謝できないのも人の心です。
でも、Kさんなりに、いとこさんの死を無駄にせず、学ばせていただく機会を与えてくださった事に感謝して、
これから一歩一歩、「御心」や「明け渡し」について学んでいかれますことを、お祈りしております。
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