November.7.  〜 愛の結晶 〜

どんな出来事も、どんな経験も、どんなものも、
その源はすべて「愛」からできている。

愛が生かし、導き、救う。

けれど、その愛が私を苦しめる時がある。
そんな時は必ず、「私」という個我の意識が
前に出すぎていて、真理を見失っている証拠。

本当は、愛が私を苦しめているんじゃなくて、
個我が自分を苦しめてるだけなのよね。
 
 静かに座って、目を閉じて、呼吸を整え、自分のハートの中心に意識をあわせてみる。
 浮かぶ想念に意識を持っていかれないように、浮かぶたびにビジョンを流していく、
 流して流して、意識をハートに戻して集中していく。
 しばらくすると、静寂が訪れる。肉体の感覚が限りなく薄れ、
 ただそこに存在している真我のみになっていく。
 至福の波動に満ちていく。それが存在の本質。
 過去も未来も、前も後ろもなく、すべてが「ひとつ」の中に在る。
 その「ひとつ」の愛こそが、すべてを創りだしている源であると感じられる。




October.23.  〜 竪穴式住居 完成式 〜
シュタイナー学園、家づくりのエポックで、
子どもたちが制作しました竪穴式住居が
みごと完成いたしました。

家の名前も、みんなで考えました。
そして二つの名前に決まりました。
一つは、皆で作って、皆で使う(遊ぶ?)
ための・・・【みんなの家】
そしてもう一つは、【星空の家】・・・藁で
つくった屋根の隙間から、光がキラキラと
星のように見えるから。

中には子ども31人が一度に入れる大きさ。
大人は22人入りました。

家づくりの工程は、祈りではじまり、祈りでおわりました。
はじめに家の土台になる穴を掘った時、そこには精霊の光が差していました。
不思議ですね。きっと実際の家を建てるときも、こうして人が住む場所には
光が降りるものなのかもしれません。家とは、神聖なるものなのでしょうね、
魂が住む、この肉体のように・・・。




October.17. 〜 龍神 〜

14日、大分県別府市にあります鶴見病院の病院祭に招かれ、
講演をいたしました。前日は、仙台のピンクリボン、
スマイルウォークのイベントに参加したりと、ここ2ヶ月ほど、
旅烏の様に全国を駆け巡ってまいりました。

今回、仙台から大分の移動はさすがに疲れを感じました。
乗り継ぎの大阪空港では(写真左)、僅かな時間内で、
立ち食い蕎麦をすすったり。それはそれで、なかなかできない
体験でしたから、楽しかったんですけどね。

大分空港へ着いた頃には、すでに辺りは真っ暗。ここはどこ?って感じ。
別府と言えば、温泉ですよね。空港から宿について、さっそく露天風呂に入りました。
旅が続いていた数日の肉体の疲れ、仕事の交渉などで、ここ数日ピリッと張り詰めていた
緊張からくるストレス、それら一切合切が、樹齢100年の大きな木の下で湯船につかった瞬間、
一気にとけてしまったのです。一瞬にして、ストレスフルなエネルギーが抜け出ました。

私は神さまに感謝しました。そして、神さまってなんて面倒見がいいのでしょう、としみじみ感じました。
疲れても、それを癒す場所を、ちゃんと与えてくださるのですから。
「今日も一日、頑張ってよかった」と、思わずつぶやいてしまったくらいです。

そして翌日の講演会も、皆様にあたたかく迎えられて、本当に心地よく講演させていただくことができました。
術後間もない、乳がん患者様との交流も、忘れがたいものとなりました。

講演後、飛行機のチケットが最終便しか取れなかったので、時間が中途半端にできてしまい、
またまた地元のコーディネーターの方おすすめの温泉へ連れて行っていただきました。
そこには家族風呂というものがあって、一人で貸切で入らせていただきました。

はじめは身体をゆっくり温め、その次に半身欲をしながら瞑想を行いました。
そんな時ふと思い出したのです。私に多分な影響を与えてくれた
シャーリーマクレーンの「アウトオンアリム」という本の中で、
シャーリーが初めて宇宙へ有体離脱したのは、温泉だったな〜と。

十分に癒されて、あっという間に1時間が過ぎていました。
そして最後に、旅の疲れと、人生の疲れ(笑)を癒してくださった湯船に向かって、
合掌しながら、「ありがとうございました」と申しましたら、そこで龍神が現れたのです。
この表現はとても難しいのですが、この肉の目で見た、というより、霊眼で、ありありと感じ見た、
と言った方がいいのかもしれません。私の目には龍神が映ったのです。
とても勇ましく、また優しいエネルギー存在でした。


日本の神々は自然に宿っております。私が湯船で見た白い龍神は、
きっと地下の源泉の神さまだったのでしょうね。
人間は、自然を傷めつけているにもかかわらず、自然の神々は、
それでも私たち人間に、与え続けてくださっています。
本当に本当にありがたいことです。

私が入院して、それを心配してくれた、画家の友人が、
私の健康を守るためにと、インスピレーションで得た、
守護の龍神を描いてくれたことがありました。
温泉も人を癒す効能がありますから、きっと、私の健康は、
そういった龍神さまたちに守られているのかもしれないな〜、
と思う出来事でした。 

支えてくださるスタッフ、めぐり合うすべての方々、
励まし、見守ってくれている友人たちに
心より感謝いたします。
(←この写真、龍神のうろこみたいでしょ)




September.18. 〜 ストロングデー 〜

ここのところ猛暑が続いている。地球がオーヴァーヒートしているみたい。
きっと、いま、宇宙のシフトが行われているんだね。
引いて押して。縮んで伸ばして。吸って吐いて。上げて下げて。
心の片隅に隠れていたものまでもが、じわじわと上昇して、
消えてなくなる前に、もう一度その痛みを体験する。
古いものから新しいものへ。ちょっぴり擦れ合う摩擦熱が、
地球のあちち現象になってるみたい。
こんな時こそ、唯一なる神と一体となって。深い瞑想に入る・・・。
そして、いつも胸には、「ありがとう、ありがとう、ありがとう」。

大いなる宇宙の無限なる愛の光よ、
ひりひりとする胸の内を癒したまへ…。その愛でとかしたまへ…。
御身の手となり足となり働けますように。



ところで・・・。
8月中国行った時に、なにやら私の左に「白い珠」が出現!これって、ひょっとしてこういうもの?


Sep.14...6月に書いた日記が、載せないままファイルに残っていました。
せっかくですから、遅ればせながら・・・。


June.17. 〜 GAIA SYMPHONY No6 〜


今日は、横浜関内ホールで行われた、『ガイアシンフォニー第6番』の上映会へ行ってきました。
今回のテーマは、『虚空の音』。
冒頭、インドのシタール奏者RAVI SHANKARのストーリーの中で、
スクリーンいっぱいにハリドワールのガンジス川が映し出されたときは、胸が震えました。
久しぶりに感じるガンガー。私がインドへ行って、初めて触れたガンジス川も、上流のハリドワールでした。
流れが速く、ちょっぴり冷たく、薄くグリーンがかった透明感のあるガンガー。
沐浴上にぺたっと座りこんだまま、何十分も涙が流れ続けました。
大いなる母性への郷愁のような…。懐かしさ。憧れ。安堵。

アイダホ州のピアニストKELLY YOSTのストーリーでは、この映画を見るべくして見たシンクロを感じました。
彼女の音楽は、ガイアシンフォニー第4番で使われているのですが、
その出演依頼があったとき、彼女は乳がんの手術を終えたばかりで、
人生で最も辛い時だったそうなのです。
彼女は、今は元気に、神の通路となって、美しい音楽を奏で続けています。

そしてもう一人の出演者、海洋生物学者ROGER PAYNE。
鯨の歌を録音して、鯨が人間と同じ作曲方法で歌を創っていることを発見した方です。
鯨は、私たちの耳には聞こえない周波数の音を響かせながら、地球の裏側の鯨と交信をしているそうです。
鯨が発する超重低音が、劇場を響かせた瞬間、私の全身の細胞一つ一つが、じゅわじゅわじゅわ〜っと
振動して、、、そのバイブレーションが、原子レベルで共鳴したかのようでした。すごかった!


偉大な聖者が瞑想を通してすべてのチャクラを開き、生命エネルギーを自在にコントロールできた時、
初めて聴こえる音のことを「アナハタ・ナーダ」虚空の音というそうです。
「ナーダ ブラフマー = 世界は音なり」という言葉があります。
数千年前から伝えられているインド、ヒンドゥー教の教えですが、これと同じ教えは、
仏教をはじめ世界のあらゆる宗教や神話の中にもあります。古事記も始まりはそうですよね。


偶然にも、この映画を観る前日、シュタイナー学園で、保護者の水彩画体験がありました。
小学3,4年生の子供たちが今学んでいる水彩画の授業で、聖書からの引用から、
先生の語る物語に意識を集中して、それぞれが自分の中で世界を創造していきます。

「上もなく、下もなく、右もなく、左もなく・・・、光もなく、風もなく、温度もなく、音もなく、
完全なる虚空の世界。その中に自分がいると想像してください。そして、神の言葉とともに、
何もない無の中に、光が現れました。『光あれ!!』」

まず画用紙にブルーで虚空を描いていきます(さいご光を落とす部分は白く残して)。
そして次に、「光あれ!!」と心の中で唱えながら、黄色の絵の具で、光を描きます。
なんとも素敵な体験でした。(こんな授業を子どもの頃に私も体験したかった。息子が羨ましい)
小学3,4年生は、ちょうど自我の目覚めから、アダムとイブが禁断の果実を食べてしまった
あたりに重なります。それまでは、神(親)に守られ、神の似姿で、完全な世界にいたものが、
知恵(木の実)を持つことによって、神(親)から切り離され、苦しみ悲しみ、自我(自分)の足で
歩き出すわけです。善悪を知り、相対的な世界を知っていきます。そして死を知る時期でもあります。
庇護のもとからの第一歩、勇気と寂しさを感じる年齢なのです。


そういえば、我が長男は、私が病気をしたとき、4年生でした。
退院してからも治療の副作用に苦しむ私を見ながら、
彼はこんなことを言いました、
「どうして人間は生きているの?何のために?」
深く悲しい視線を向けながら・・・。そして私はこう答えました。
「生きているのではなくて、生かされているのよ。
自分の心臓を自分の意志で動かしている人なんて
どこにもいないでしょ?だから生かされている間に、
たくさんのことを学んで、魂を磨き続けなければならないの。
でもそれは、とてもとても楽しい旅なのよ。」


omomomomomomomomomomomomomomomomomomomomomomomomomomomomomom



August.3 〜 聖母愛 〜

以前、乳がんのできる部位によって、
何歳の頃の心の傷が引き起こしているか、
波動機を使って調べる病院で、たしか私は、
3歳、14歳、26歳、そのあたりを上げられたんです。

26歳といえば、仕事、日本、社会、人生に
絶望していたので(絶望はエゴからくるものです)、
まったくその通りで、その傷を未来に先送りしたそうです。
14歳といえば、父が亡くなった年でした。

3歳はまったく覚えがなかったので、
母に電話で聞いてみたんです。
3歳の頃の家庭の状況はどうだったか。

母は私が3歳のころというのは、一番幸せだったと言っていました。
「あなたは又かわいい赤ちゃんだったから…」
その一言を聞いた瞬間、私はこの一言を一生忘れまいと、心に刻みました。
電話を切ってから、思わず泣いてしまいました。
母は、こんなに愛してくれてたんだと。愛して、育ててくれてたんだと。
40手前で気付いた親心。親の心子知らずですね。
私は若かりし頃(今も若いつもりでいるんだけど、考えたらあと数ヶ月で30代ともお別れ、
気分はどんどん若返って、子どもになっていくのに)<←括弧が長いぞ>
母親と何度も何度も衝突しました。何度も何度も口をきかなくなりました。
でもやはり、切っても切れない、深〜い深〜い絆があるんですよね、
何があっても母と子って。見えないへその緒でまだ結ばれているように。


ある人が素敵なことを言っていました。


「愛情は上から下にしか流れない」そうです。
下流からは見えない上流の愛って、たくさんあったことだと思います。

そうなんでしょうね……。

上の写真は、あるピンクリボンのチャリティーに出品した羊毛の作品です。
なんとこれを作るのに7時間もかかりました。
もう手元にはないんだけど、作品って手放しにくいものですね。
でも、この子(作品)が貢献できますように。祈りをこめて送り出しました。

私が考えたテーマは、『聖母愛』でした。
火と水と空と土の妖精ちゃんたちが、
母への愛の象徴である真っ赤な薔薇の周りで戯れます。




       July.14. 〜 旅人と石 〜

むかし写真撮影でパリへ行った時、
枯葉が舞う公園を眺められるホテルのカフェで、
私はある青年と出会った。
彼は、全身の付随と麻痺、運動失調を抱えながらも、
絵の勉強で、パリへ来ていると言っていた。
車椅子は使っていなかったけど、自力で歩くことは
とても大変そうだった。けど、彼は誰の手も借りず、
ゆっくり、自分の歩調で、歩いていた。

お昼すぎの、がら〜んとしたカフェに、ぽつねんと一人
座っていた私の隣に、わざわざ彼は座った。

正直言って、私は一人で物思いにふけりたかった。
大きな仕事を終えて、空っぽになっていた私は、
せっかくの異国で、誰とも喋りたくなかったのだ。


  けれど、彼はすかさず声をかけてきた。
  「ぼくは・えの・べんきょうで・パリへ・きています・・・あなたは?」
  彼は言葉を出すこともとても難しそうであった。
  「仕事で・・・」
  私はそれ以上会話を続けるつもりはなかったけど、見るからに夢うつつの私が
  彼にはもどかしく映ったのだろうか?彼はなおも続けた。
  「こうえん・いき・ました・か?」
  窓の外に見える公園を指さして彼は言った。
  「えっ?」
  「こ・う・え・ん」
  「ううん、行ってないよ、ずっと自由な時間がなかったから」
  「そう、ぼくね、いま、いって、きたんだ」
  無邪気な瞳を輝かせる彼に、私の視線は釘付けになった。
  「こうえんを・あるいていると・いしや・はっぱがね・かたり・かけてくるんだ」
  冬を目前にした、見るからに寂しそうな公園で宝物を発見した少年のように、彼は嬉しそうに笑った。
  「だから・きみも・あるくと・いいよ・いしや・はっぱや・かぜが・たくさんの・ことを・おしえてくれるよ」
     
  もう15年以上も前のことなのに、私はその時の会話が忘れられない。
  石が、葉っぱが、語りかけ、たくさんのことを教えてくれるというのだ。
  そんな彼の感性に、私は衝撃を受けた。

  石は、まるで意思を持たないかのように転がってる。
  おそらく、長い時間をかけて、砂となり、雨に流され、風化する時を迎えるだろうけれど、
  目の前に現れたその石は、「今」「この時」、語り、教え、愛し・・・。
  耳さえ傾ければ、石は石であり、神であり、仏陀であり、存在は愛そのものなのだと思う。


  
  
   July.1. 〜 A RICE FIELD 〜




夕方、羊毛クラフトの帰り道、
なにげに通った裏道の田んぼの稲穂たちが、
風に揺られて気持ちよさそうにスウィングしていた。
思わず車を止めて、しばらく見とれてしまった。
歌っているようにも見える。癒される瞬間だ。
 ハワイに居る頃は、しょっちゅう花たちと会話をしていた。
 その昔、東京で一人暮らししていた頃は、観葉植物と会話をしていた。
 私が植物と話すようになったのは、ライアルワトソンの本を読んだことがきっかけだった。
 植物にも気持ちがあることを知った日から、会話は始まった。
 「ありがとう、あなたたちはいつも私の心を癒してくれる。これからも仲良くしてね。大切にするからね」
 そう言いながらお水を与えていると、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。
 出てみると、栃木から来た行商のおばさんだった。
 「こんな遅くに悪いね〜、栃木から来たんだけど、これ買ってくれないかね?
 売れ残って、持って帰るわけにいかなくって・・・」見ると、おばさんは両手いっぱいに鉢植えの植物たち
 を抱きかかえていた。私は寸分狂わないそのタイミングに、内心仰天していた。
 植物たちがおばさんをここまで導いたのか?はたまた、おばさんの第6感でここまで来たのか?
 どちらにしても、この家に来れば大切にしてくれると感じてくれたからこそ、ここへ来たのかもしれない。
 ならばと、私は嬉しさあまって全部買い占めた。

 だからこそ、私はハーブやフラワーエッセンス、アロマテラピーを疑うことなく信じている。


 今日の羊毛は、シェトランドシープドッグ
  
June.29. 〜 masunavi 

『乳母』

The day old infant continues to know the way,(thinking)
"I will cry until the kind nurse comes!"
Don't you know that the Nurse of (all) nurses gives no milk free,
without(any) crying?

年を食った赤ん坊は知恵を付け続け、やがて
「優しく面倒を見てくれる誰かが来てくれるまで泣くぞ!」などと言い出す。
全ての乳母のうち最も偉大な乳母は、泣かなくてはミルクを与えないことを知らないのだろうか?
(R.A.ニコルソンの訳注)

「年を食った赤ん坊」すなわち大人達はミルクについて賢く語る。
ミルクが如何に白く、あまく、滋養に満ちているか。
ミルクの値段を知ってはいてもミルクの価値を知らない。
赤ん坊はミルクの値段など知らない。だがその価値を知っている。
だから、欲しければ泣く。泣くだけの価値があるからだ。
「全ての乳母の乳母」「最も偉大な乳母」とは、つまり神のこと。
神の愛について、その価値について本当に知っているのならば、
あれこれと議論する時間すら惜しい。それを欲せずにいられない。
白くてあまいそれを欲して泣く以外に良い方法などあるだろうか。



June.28. 〜 信頼と明け渡し 〜

4年ほど前に読んだ本を読み返していた。
ルシャッド・フィールド著『見えない道〜愛する時、そして死ぬ時〜』
本棚の整理をしていて、ふと手に吸いついたからだ。
(ルシャッドフィールドの本は3部作になっていて、これを読む前に、
まず『ラストバリア』を読んでほしい・・・)
私はこの本を読んだ時、まさかこれから自分の身に起こる生と死の体験を、
予習するために与えられたものだとは、想像するにもおよばなかった。
ところが4年という時間が流れ、読み返してみてみると、
私は、まさに、母体(マトリックス)を完全に理解するために、この4年があったことに気付いた。

時間とうものが存在する、私たちが生きている世界を横軸だとすると、
時間のない世界が縦軸になる。そのクロスした『点』が、創造の原点、今、この瞬間、神、愛である。
いま、この瞬間、すべては創造されている、という真実は、
様々な霊的体験によって、与えられてきたけれど、
やはり時間の中で生かされている事実を頭の中で照らし合わせてみると、人知を超えたものでる。
今この瞬間に創造されているのならば、過去も未来もこの瞬間に在る。
そして原因と結果の法則すら、すべてはマトリックスの中のイリュージョンに過ぎない。

「私」という個人的意識を完全に放棄した時、その真実は明かされてゆくものだけれど、
その孤独感には、独り超然として立ち向かわなければならない。
それが修行というものなんだろうなあ〜。
そこで何度も何度もつまずく。あいたたた〜っと、逸れては戻り逸れたは戻り。

<メブラーナの言葉>

誰もかも、やっておいで。
さすらい人も、
師を求める人も、
世捨て人でさえも、かまわないから。
我々の仲間は絶望しない者の集いだ。
今まで千回もちかいを破った人も、やって来るがよい。
さあ、何度でも、もどっておいで。


June.22. 〜 祓いたまへ清めたまへ 〜

今日は夏至ですね!!!夏至は強く霊力が働きます。
今朝から私は、なんだか余計なものを祓う強力なエネルギーを感じています。
真我から逸れるものが、力使わず剥ぎ落とされてゆくのを感じます。
ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます。
唯一なる神にのみ意識をあわせ、祈りを捧げ、愛と感謝を、静かに静かに胸に抱きながら・・・。

June.15. 〜 新月の日に 〜
15日の新月は、お昼の12:13でした。新月に、なにか“始めること”を願うといいと言います。
そこで、私は明治神宮へ行って、“始めること”のご挨拶をしてまいりました。
天気予報では傘&雲マーク。念のためにと持って出た折りたたみの傘は、日傘に変身!
深く澄みきった青空のキャンパスには、まるで神様がお絵描きしているみたいな、
白い雲が浮かびました。鳥の羽のような雲。そして右上の写真のぽこぽこ雲は、
はじめうろこにも見えたのですが、私の中の様々な鳥にまつわるメッセージから、
下の方が左を向いた鳥の顔で、ぽこぽこ雲は、羽の模様のようにも見えました。

“始めること”のひとつは、Rainbow Connection という、
乳がんの患者、またその家族、そして乳がんに限らず、神様に与えられた“病”に対する、
魂からの理解を深めていくために集う会を発足させ、そしてその記念すべき第一回目を、
7月25日(マヤ暦の時間をはずした日)に、外苑前(明治神宮のそばです)にあります
MOMINOKI HAUSEという自然食レストランで行わせていただきます、
というご挨拶をさせていただきました。
その会の中で、人と人がつながって、互いに「生きる力」になっていけたら、
という願いを込めて、レインボウコネクションと命名いたしました。

どうぞ、ご興味のある方は、ご参加ください!
日常を逸して、時間の囚われから解放された、素敵なひと時になると思います。
皆でその空間を共有しながら創造いたしましょう!




June.10. 〜 HOKULE'A in Yokohama 〜

昨日、ハワイのホクレア号が、横浜港に入港しました。
今年の1月にハワイを出航して、長い長い旅を続け、ようやく最終地点である横浜に到着したのです。
なぜ、横浜だったのか?
1881年(明治14年)3月4日、当時ハワイ国王だったカラカウア王が世界周遊の中で横浜にやってきました。
カラカウア王は日本を訪問した初めての国家元首で、カラカウア王を迎え入れた明治天皇とは両国間の
関係強化と文化交流が重要であるという認識において一致し、カラカウア王のハワイ王国への移民要請を受け、
1885年に日本人のハワイ移民に関する合憲文書が取り交わされました。
ホクレア号は、その日本とハワイの文化交流の源である、
カラカウア王が降り立った横浜を、最終寄港地として選定したのです。

↓の写真は、2年前まだハワイに住んでいる頃、カイルアビーチで行われたホクレアのフェスティバル。
ホクレア号は、ハワイの文化を子供たちに伝承する活動を続けています。
歓迎会では、小学生が(うちの子も)フラを踊って出迎えました。
写真↑左下中央青いTシャツの男性が、ガイアシンフォニー第3番にも登場したナイノア・トンプソン。
ナイノア・トンプソン氏は、古代ポリネシア人が数千年前から継承してきた伝統航海術を、
現代科学と結び付けながら普遍化し、ホクレア号を30年間、10万マイルの航行へと
誘ってきた偉大なるナビゲーター(航海士)です。
ホクレア号は、近代式航海計器は一切使わず、星や波、風などの自然環境の変化を読み取りながら、
水平線しか見えない大海原上での位置を把握し、針路を定める航海術。
ナイノアは、目に見えないものを見る力を授けられたリーダーなのです。

彼が小学生だったころ、スクールではハワイ語を話すことを禁止され、ハワイの文化は
劣っているものという意識を植え付けられました。伝統的なハワイの文化は、
アメリカ資本主義によって、眠らされてしまったのです。
しかし、その眠ったハワイアンスピリットを、ホクレア航海術の再現によって、彼は再び蘇らせたました。

そのホクレアが、いま、なぜ、日本へ来たのか?そこには必ず大いなるスピリットの意志が働いているはずです。
ナイノアは数年前に、「日本へも航海したいけど、スピリットの意志も働かなければ、
自分の気持ちだけで行くことはできない」、と言っていたそうです。
そのスピリットが働き、2007年日本航海が実現したのです。

ぷかさん橋に入港するホクレアの姿を見ながら、胸が熱く熱くなりました。
ハワイのお母さんが会いに来てくれた。そしてハワイのお母さんスピリットが、
「あなたがすべきことを、しっかり果たしながら生きていきなさい」、
と言ってくださっている気がいたしました。

日本も、世界大戦後、<大和の魂>を眠らされてきたのではないでしょうか。
その魂を、再び蘇らせる時が来たと、私は受け止めています。
それは、私たち一人ひとりの、祖国を愛する真心と行動によって実現されるのだ、
ということをホクレアは教えてくれているのだと思います。
私は、その昔、日本が息苦しくて、生き辛くて、奈落の底で孤独に打ちひしがれていました。
そんな時、私を救ってくれたのが、ハワイの神でした。ハワイのマザースピリットは、
私のすべてを抱きしめてくれました。私に「生きる」準備が整うまで、ゆっくりと時間をかけながら
私のスピリットを育ててくれました。そして、その時を迎え、ハワイのマザーは少し乱暴に、
私を再び日本へ戻したのです。どんっと、背中を押された気がしました。
「いってらっしゃい。めそめそしてるんじゃありませんよ。私はいつでもここにいてあなたを見守っている。
あなたが生きて果たさなければならないことを、しっかり日本で生きてらっしゃい!」
そう言ってくれている気がしました。

私のハワイアンソウルメイトのひとみちゃんも、私とまったく同じです。
彼女も去年、大好きなハワイを離れ、日本へ強制送還されました(笑←いや、笑えない)。
そんな彼女と、昨日は一緒にホクレアを出迎えたのですが、共に涙うるうる。
でも、「ハワイのお母さん!私たちは、日本をそれなりに楽しみながら、生きています。
昨日は、生まれて初めて、プリクラなんていうものも、体験してしまいました(いい年して)。
日本は、すごく刺激的です。その刺激に時々疲れてしまうけど、でも、私たちの胸の奥には、
いつもいつもお母さんの温もりがあります。見ていてくださいね。私たちが歩む道を!」


June.2. 〜 祈りの力 〜


月に一回のペースで、羊毛クラフトを習いに行っています。
教えてくださる宇田さんの作品に魅了されたのがきっかけでした。
彼女の手から創り出される作品は、どれも生きているのです。
まるで呼吸しているかのように、命が宿っているのです。
とても愛らしく、見ているだけで癒されます。
何が違うんだろう?といつも思っていました。
それは、「祈り」でした。

私はクリスチャンではないけれど、横浜のとある教会で
行われるこの羊毛クラフトの講習では、
キリスト教に倣って祈りを捧げてからはじめます。
今回は、復活祭後7週目の日曜日、ペンテコステ、
聖霊降臨祭にちなんで、天使と白い鳩を創りました。
天使の手の上にのっているのが、白い鳩です。
聖霊、神の御霊は、鳩のかたちとして現れるといいます。


先生の祈り・・・ 「ハレルヤ、天の父なる神様、あなたの御名をほめたたえます。
今日、ここで、羊毛クラフトの鳩と天使を作ることを感謝いたします。
ここに集った一人一人が、その手で、羊毛クラフトを作る力をお与えくださり、感謝いたします。
どうか、私たち一人一人の手を、(その御手で)祝してください。
そして、出来上がった、鳩と天使を持ち帰る、私たち一人一人の家庭を、祝(福)してください。
この小さな祈りを、尊い主イエスキリストの御名によってお捧げ致します。」

また、シュタイナー学園では、どの授業の前にも祈りを捧げてから行われますが、
手仕事の授業の前の祈りはこういったもの・・・、
「私の手、あなたの手、神様から頂きました。(中略)・・この手は未来を創ります。世界を変えます・・・」

私は以前、『至福へのとびら』を書くとき、「遍在する神の愛を、この手を使って
文章で表現していけるのでしょうか?」と、自信のなさと聖なる欲求のはざまで、
サンタモニカの海を見ながら、心の中で神に祈りを捧げ、問うていました。
するとどこからともなく、サリーを身にまとった老婆が(アメリカなのに突如インド人出現!)
近づいてきて、「あなたの手からゴールドのオーラが出ていたわよ!」と言って、
私の手を握り、微笑んで立ち去っていきました。

私たちの手は、様々なものを生み出します。

インドにあります敬愛するラマナマハリシのアシュラムで、バナナの葉に乗せられた昼食を
口に入れた瞬間、なんとも身体が清められる思いがしました。
それは、お料理を担当する方々が、神を賛美するマントラを唱えながら調理しているからなのです。
それ以降、私もお米を研ぐ時はせめて、片手ではなくて、手を合わせて合掌するようにして、
感謝を込めて優しく研ぎます。怒っている時も、悲しい時も、それだけは、ゆっくり丁寧に・・・。

それぞれの宗教を越えて、一人一人の祈りは働きます。
祈りが、神の御心にかなうものでありますように。

今回天使を作ってみて、やはり行為する前の祈りの大切さを改めて感じました。
私の作品も(↑写真)、なかなか、癒されますでしょん?(自画自賛)
創っている時、無心になります。無言になります。沈黙と静寂が、
教会の窓から差し込む夕暮れの光にとけこみます。私はこの時間が大好き。
祈りのある場には、清浄な空気が流れています。






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